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パラレルの壁をこえて

ズルワーン01 

狩ったよ。

こんこん:)
先週2月4日、極鬼神ズルワーン討滅戦を無事にクリアしました。
今日はこのコンテンツに挑んだ時のメンバーについてのお話です。


クリア時のパーティメンバーは、
サーバーを超えてめぐり会い、一緒に練習してきた7人と、
募集で来てくださった1名という構成でした。

わたしも含めこの7人は(フレンド同士のメンバーはいるものの)
普段は遊んでいるサーバーが異なり、
大きなコミュニティのひとつである、Twitterでのつながりも現在ありません。
それでも週に一度待ち合わせをし、
3週に渡って練習を重ねることができました。

フレンドリストに彼らの名前は載っていなくとも、
わたしたちはもうフレンドだと思う。

そこに至るまでの経緯はちょっとしたドラマだったので、
忘れないように書いておこうと思います。長めです。




時系列順に、はじまりから今に至るまで。


--


出会いはパッチが当たってから最初の週末に、
新しくなったパーティ募集を通して、でした。
初週、わたしはPvPをメインに遊んでいて
極ズルワーン攻略へは腰が重く後回しにしていました。


行きたいけど、
できることなら予習をせずにギミックを見て、
やられてから解いていきたい。
自分たちの力で解く瞬間のカタルシスを味わいたい。

あらかじめ頭に入れた知識を自分のキャラクターで実践するだけの、
決められた正解をなぞるだけの遊び方はしたくない。

…でも、それをやるなら全員フレンドで行くか固定でもないと難しい。

腰が重かった理由は、『野良募集に乗るのなら
ある程度の予習と動きを求められてしまうから』…です。


--


それならばと、わたしはパッチ直後のコンテンツでは大抵そうするのですが、
自分で募集を立てることにしました。

DC内募集で主催をする場合、流れはどうすべきで、
どんな雰囲気になるんだろうと不安を抱えながらも、
「まぁサーバーが違うだけでそのほかは大丈夫でしょう!」と
日付の変わる深夜ごろ、ぱちぱちと募集文を書いたのでした。


その時点でまだ初見だったので、募集文は

・「未予習で極ズルワーン見学に行きませんか」
・いいペースで進めばそのまま練習しましょう
・話し合いながら攻略したい!

といった、初見歓迎/未予習歓迎(むしろ予習なんていらないよ!)
という内容です。
火曜にパッチが当たって、もう攻略情報も出回っているだろう時期です。
けれど週末だからこそ、今から初めて遊びに行く人もいるだろうと、
期待を込めて募集を立てました。


--


DC内募集は件数の多さに驚きますが、
パーティが埋まる速度もこれまでに比べるととても早いです。
既にズルワーン周回募集が何件も出ている環境の中、
その日わたしが立てた初見募集にもぱらぱらとメンバーが集まり、
10分か15分程度で出発できる状態になりました。



募集をかけた時の心境は、

「初見の1回だけ未予習で行って、同じ初見の人と
まっさらな状態で話し合いながら、序盤を解ければ十分。

意見交換が活発になることを祈りつつ、
基本は自分が発言して引っ張っていく。
それで会話が続いて、楽しい時間になればラッキー。

その回で辿り着けなかったギミックは攻略情報を探して、
くやしいけど覚えて練習パーティに入るなり、
自分で募集を立てるなりしよう…」

という、ポジティブなのかネガティブなのかどっちつかずの。笑
でも、パッチのたびに感じてきたいつもの心境でした。


(楽しい雰囲気のパーティになるか?というのは、
快適に遊べるように、主催としてできる限り流れを整えはするけれど、
最後はメンバー同士の相性や個性、雰囲気に左右されるものなので、
わたしが努力できる範囲の外のことです。)


--


結果として、その募集ではとても賑やかなパーティができました。
こうしてみようよという発言があり、
失敗しても笑い飛ばせて、たまに雑談を交えながら遊べる、
ゆるさと真面目さの両立された
いいパーティになりました。

実は予習をしていた方もいたけれど、
答えを言わずに一緒に悩んで合わせてくれる方でした。

攻略の助けにとマクロを拾ってきてくれた方が
その時点より先のギミックを流してしまう出来事はありましたが、
「こういう風に攻略していきたいんです」と方針のすり合わせをしていき、
その日は同じクロスワールドパーティで数回、
コンテンツに挑戦することができました。


--


あまりに居心地がいいので、わいわいと何周も挑戦したのですが
集中力も切れてきて、そろそろ落ちなければ…という時間になった頃、
壁になったのが"サーバー間募集である"という事実でした。


パーティを解散してしまったら、もうきっと出会うことはない。
たとえもう一度出会えても、お互いに覚えていないかもしれない。
名前を知っていてもTellができるわけでもなく、
フレンド登録も、LS登録もできない。
何よりこのメンバーが揃うのは今日、いましかない。


自分が声を上げなければ、
きっとこのパーティは今日限りで終わってしまう。

「解散」をする決定ボタンを押すか、
チャットで語りかけるかは、主催の自分の手にゆだねられている。


そう思ったら、なんとかして
今日のこの関係を繋ぎとめたいという想いが強くなって、
どう思われるかは怖かったけれど
「よかったら明日また集まりませんか」と提案をしていました。
「行ける方は○してください」とレディチェックで聞いてみたのです。


返ってきた答えは、メンバーのうち数名が「行ける」というものでした。
「行けない」という方もいました。


あぁ、でもそれでは意味がない、と。

何人か残ってくれるだけでもありがたい。
でも、どうにかしてこのメンバーでまた行けないだろうかと。

午前2時の眠たい思考をめぐらせて、
そのあとは、ほぼ初対面なのに
よくもそんな図々しいことが言えたなあと
今でも自分で感心するのですが

「踏み込んだ聞き方になりますが、
もし予定を調整できたら、もう一度このメンバーで
攻略をしたい!という方は○をください」
と、再度レディチェックで聞いたのでした。


その結果は…

全員が「行きたい!」という答えでした。


全員からその答えをもらえたことが本当に嬉しかった。
解散せずに残ってもらっているプレッシャーの中で、
次はなんとか連絡手段を見つけるべく考えました。
できれば外部のツールは使わずに、
ゲームに近い距離感で使える手段はあるだろうかと。


LSもTellも使えないなら、ロドストはどうだろう?と
わたし自身思い当たり、たメンバーからも提案があって、
『ロドストで連絡をとる』ことと
『そこで待ち合わせの約束をする』
『プライベート募集で会う』ことを決めて、
その日は解散しました。


--


その後の展開は、冒頭に書いたとおりです。

一緒にクリアまで頑張ってきた7人のメンバーのうち
自分を含めて6人が、この最初の募集で
出会ったメンバーです。

残念ながら初回にご一緒した方のうち
2名とは再会できませんでしたが、
それもご縁だったのだと思っています。

何よりもあのクロスワールドパーティが、
サーバーの壁を超えて6人も再会できたこと、
フレンドになれたことが大きな財産でした。


今度会う時はプライベート募集で会いましょうと
別れる前に約束のパスワードを作って、
本当にまた会えるかもわからないまま解散したことは、
たとえば想像してみるとしたら、

違う小学校に通っているだろう知らない子と
偶然公園で出会って友達になって、
名前だけを教え合って、
また会えるよね?と言ってさよならした時の感覚でした。


連絡先の交換なんて物理的にできなくて
あるとしたら家の電話番号と、
教えてもらった友達の家までの道のり、
あとは絆だけでつながっていたような、
なつかしい時代をほんのり思い出しました。


最先端の遊びなのに、根っこの部分はとてもアナログ。
いつでもどこでも誰とでも連絡がとれるように
利便性が追求されているデジタルの時代に、
こんな懐かしいもどかしさをまた感じられるとは
思ってもみませんでした。
快適に整備されつくしているよりちょっとくらい不便なほうが、
心は繋がりやすいのかもしれません。


--


ところで、
「最後のひとりはいつ加わったのか?」。
これも偶然が重なって起きた出来事でした。


ロドストで連絡が取れ、無事に再会できたメンバーで
補充のための募集をかけたときのこと。
野良で参加してくれた方の中に、
熱心にアドバイスをしてくれる方がいました。

枠にはまだ空きがあるし残ってもらえたらうれしいな、
声をかけてみようかな…と考えていたら、
休憩の時、その方のほうから先に
「皆さんはフレンド同士なんですよね?」と質問がありました。

こういう風に出会ってこうして遊んでるんです、と伝えた時には、
また会いたいと既に感じてもらえていたようです。
こうしてメンバー一同に歓迎されて、仲間がひとり増えました。
RPGみたいな出来事です。


--


これは儚い出会いである、と出会うひとたちがよくわかっていて、
だからこそまた会いたいと関係を繋ぎとめようとした時に、
それが両想いだったなら(友情の意味で)、
強く繋がるのかもしれません。

ゲームという空間で味わえた、
出会うことと繋がることのあたたかさを感じる体験でした。
画面の向こうにいるのは、人間だ。

話しかける勇気、会話のキャッチボールが続くこと。
そういったシンプルなことの積み重ね。
いつも最初と最後に出てくる言葉は「ありがとう」で、
大切なのは相手を尊重すること、敬意をもって接すること。


縁は出会うのも続くのも途切れるのも、巡り合わせで、
出会いは相手があってのこと。
応えてもらえたことに感謝して大切にしていくことが、
自分にできる一番の行動かなと考えています。

楽しく遊べるいまに感謝して、それから先は祈るだけです。
同じ道なら一緒にいこう。
あの時呼びとめてよかった。

ひとつのハッピーエンドを迎えて次へゆきます。



もしメンバーが何かの縁でここを見ていたら、
この嬉しさを共有できていますように。
それから、何も見なかったかのように、
この日記のことはそっと心にしまっておいてください。笑



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先日メンバーとの雑談の中で、

「『光のお父さん』の影響で、
 FF14に興味を持ってる人が増えてるみたい。
 いいことだけど、
 夢を見てエオルゼアに舞い降りてから、
 ギスギスもある現実に直面したらがっかりしちゃうんじゃないかな」
「ここにいるのはやっぱり人間だもんね」
「でも素敵な体験ができることも知って欲しいよね」

といった会話がありました。

今回の体験はその会話の内容を
そのまま表している出来事だったと言っても、
きっと言いすぎではないだろう!と思っています。


パッチで実装されるのは遊び場で、
そこで楽しむ主人公は生きたプレイヤーたち。
フレンドが実装されるわけではない。でも
システムや遊び場がその手助けをしてくれたり、きっかけになる。



いちおう主催でリーダーはわたしです。
でもなんとなく『固定』という表現はしっくりこなくて、
ふだんはそれぞれの地域や社会(ワールド)なり、
人間関係(フレンド関係)の中で暮らしている友達を
ご飯食べようよ、だったり、飲もうよ~みたいに誘って、
週末に待ち合わせの約束をしている感覚がします。
どちらかと言うとわたしの役割は幹事なのかもしれません…。
(当日がいい日になるように考えることがたくさんあるという、
ちょっと大変な面があるところも。笑)


人同士が出会う限り、時に心が折れそうになるほど
辛いことや悲しいこと、くやしいこと、
失敗することに出くわします。
でも出会いをあきらめなければ同じくらい嬉しいことがある。

出会うって面白いし、
にんげんって不思議だし、
それを体験できるMMOって不思議だなー。
世界をまるまるひとつ作れてしまうひとたちがいるのも
なんだか不思議ですごいなぁ。

あぁ考えすぎてるかなぁと思いながら、
めいっぱい考えて感じて遊ぶのが、
自分のプレイスタイルであり生き方みたいです。



(さいごに、ひとりごととして。
 SNSについて感じることで
 自分自身これまでにもぶつかってきたことですが、
 いつでも繋がれることが、
 すばらしいこととも限らないのだと思いました。
 ずっと繋がっていることは必須ではなくて、
 ぜんぶを知らなくても友達でいられる。ある意味では、
 「いま何をしているんだろう」と想いを馳せる時間、
 各々の時間を過ごしていることの方が大切なんだなーと。
 話したい時はリアルタイムで、面と向かって。
 手前味噌だけど、昨年の記事で考えたことを引用します。

 ”(ネットに飛び交う情報や話題を)知らなくても、
 じつは意外と生きていけるし、平気だったりします。
(四六時中友達の生活を気にしていたら、自分の生活がすり替わってしまうよね?)”
 
 そのツールが世界のすべてではなくて、
 外へ目を向けて一歩踏み出せば、新しい世界へと赴くことができる。

 ツールはあくまでも道具であり手段で、自分のために使うもの。
 使う時は、それぞれのツールのいいところを活かせるように、
 付き合う工夫をできたら便利で楽しい。
 現に、いろいろな方の遊び方やSSを見られること、
 時折日常を垣間見られたりコミュニケーションできることは楽しいです。
 自分のつくったものを見てもらえることはありがたくて、嬉しい。
 だからきっとこれからもTwitterは使っていくよ。
 いい距離感を探して付き合っていきたいと思います。


 2/25追記 言い回しの気になっていた箇所を訂正しました。
 


2017/02/13 13:44 考えごとの日 TB (0) CM(-)

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